VRの未来に必要なのは、現実からのログアウト機能。『消えるVR』を提案する

周りの人がVRヘッドセットを被っているときに感じる漠然とした気まずさと不安を解決するため、『消えるVR』(Vanishment Reality) を提案し、光学迷彩技術を用いて実現する。

話題のVRヘッドセットをついに手に入れた。PCを繋いだりスマホを差し込んだりする必要もないタイプなので、いつでもどこでもVRの世界に没入できる。さっそく友達に自慢したり遊ばせたりしていたところ、VRの抱える根本的な問題に気づいた。

VRの抱える構造的欠陥、公共の場での気まずさ

一人がVRを楽しんでいるのを外から見ている間、いや、たとえ注目してなかったとしても、「その場にVRをやってる人がいる」という状況に対して全員、一抹のなんとも言えない、不安にも似た違和感を抱くのだ。やってる側としても、自分がどのように見られているのかわからない不安があるため、心から没入できないのだ。

思えば、2045年のVRをテーマにした映画『レディ・プレイヤー1』を見たときの違和感もそうだった。主人公たちはVRディスプレイを装着して精神は仮想現実の世界に飛び込むのだが、身体のほうはそのまま(ゴムのひもに体を吊るしたり、つるつる滑る床の装置を用意して)同じ場所で足踏みしたりしたり腕を振り回したりしているのだ。VRの世界でいくら勇猛に戦いを繰り広げていても、その様子を外から眺めてるとどうやっても「一人で叫んで暴れてる人」になってしまうのだ。2045年まで待たなくても、季節の変わり目にこういうVRをやってる人はよく見る。作中でもその様子はちょっと引いた視点で滑稽に描かれていたし、なんなら発生する問題も4割ぐらいはこれが原因で起こっていた気がする。

つまり、精神はVRの世界にいるのに、肉体の方が現実世界に置いてけぼりにされているのだ。2045年にもなってそんな体たらくでいいはずがあるだろうか、いや、ない。

我々の直面している問題を図解すると以下のようになる。

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電車で電話してる人に感じる漠然とした不安と近いものがある

一言で言うと、VRにログインするにあたっては、現実からログアウトする必要があったのだ。

そういうわけで、VRをやっている間は現実世界から消えてなくなるための仕組み、消えるVR (Vanishment Reality) を実現することにした。

光学迷彩を利用して「消えるVR」を実践する

まず、消える方法を考えなければならない。ここでは東京大学の稲見教授・館教授たちの発表した『光学迷彩』の手法を丸パクリしようと思う。東大に入るのはとても難しいが、研究成果の論文はネットでダウンロードできる。日本が誇る叡智の結晶をありがたく利用させてもらおう。

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細かいことはよくわからないがヴァイブスで感じ取る

論文の英語は飛ばして、図の部分だけ見て仕組みをなんとなく把握する。「再帰性反射材とハーフミラーが必要」という情報をもとにネットで買う。

再帰性反射材とは、光の向かってきたのと同じ方向に対して光を反射する性質を持つ素材である。こういうと難しそうだが、工事のおっちゃんが着ている作業着のよく光る部分やママチャリの後ろ側についている反射板と同じ仕組みだ。全面これで出来た服というものが売っているので、買う

ハーフミラーというのは、マジックミラーの名でも知られる、明るい側からは反射して見えるが暗い側からは透過して見える鏡である。これもアクリル板などを売っているWebショップのはざい屋で2000円ぐらいで手に入った。

ついに完成

準備はできた。ここに再帰性反射材のジャケットを着て座ると…

そんなわけない

見ればわかると思うが、そんなに簡単に人が消えるわけがない。商談の最中にこんなことしてるやつがいる会社は遅かれ早かれ丸ごと消失することだろう。言わずもがな、何も見えていないていで演技してもらったのだ。

とはいえ、シリコンバレーのベンチャー企業のデモとかも出来てないアプリを出来たていで見せていることも多い。大事なのは未来のビジョンを伝えるコンセプトである。完成度については今後の課題とさせてもらおう。

わかったこと

実際に試してみたことでわかったことは2つある。

まずこの手法の問題として、ある一点から見たときしか消えたように見えない。投影された光が鮮やかに見える(つまり、人が消えて見える)のはハーフミラー越しのある角度からみたときだけなので、他の場所から見てる人からは丸見えなのだ。

次に、この再帰性反射材のジャケットはめちゃくちゃ暑い、ということだ。常に風にさらされる自転車ライダー用に作られているので、熱を逃がさなさがすごい。初夏の6月でも数分の着用が限度であった。

一方で、この再帰性反射材ジャケットはべらぼうに光を跳ね返すことがわかったので、今回のように強い光の出るプロジェクターではなく、電池で動くモバイルタイプのミニプロジェクターでも充分に使えそうだということがわかった。

幸い、そういうモバイルプロジェクター端末にはAndroidが入っている。今回はコードを一行も書かずに完成させてしまったが(書けなかったのではない、書かなかったのだ)、リアルタイム画像認識と組み合わせることで屋外でも消失可能な環境が構築できそうだ。

まとめ

何はともあれ、これで「人がVRを使ってるときの気まずい雰囲気問題の解決」の分野での第一人者に登り詰めたといっても過言ではないだろう。スティーブン・スピルバーグもこれを参考に、『レディ・プレイヤー2』には消えるVRを取り入れてもらいたい。

この方法の他にも消失の実現方法を検討中である。より大胆かつ精密に進化する消えるVRを楽しみにしておいてほしい。

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さらっと作ったように見えるが、例に漏れず1ヶ月ぐらいかかった。日が暮れて外は6月の雨が降っていた

東信伍 (コンセプト、デザイン、装置製作)
高田徹 (技術補助、出演)
菅原隆大 (出演)
参考文献: Masahiko INAMI, Naoki KAWAKAMI and Susumu TACHI (2003)
“Optical Camouflage Using Retro-reflective Projection Technology”
撮影場所提供: 株式会社メルタ