写真展の概要
以前から3Dプリンターを使ってカメラのレンズを作っていたんですが、今回はその改良版を作ってそのレンズを使った展示「光を融かす器械 クラフトレンズTETTOR写真展」を開催しました。
3年ほど前に初めてレンズを作ったんですが、そのとき書いた記事はこちらです。
作ったあと、使ってくれる人が現れて、そして展示を行った経緯について書きたいと思います。
一旦、展示の概要文をそのまま載せます。
tettou771が制作したレンズTETTORと、多様なバックグラウンドを持った5名のクリエイターがTETTORを使って撮影した作品を展示します。
参加作家
tettou771 / 島 猛 / Takuma / 橋本 麦 / ひつじ
TETTOR(テットール)は、3Dプリンターで作られたカメラのレンズです。
レンズという器械を自分で作って写真を撮ることで、市販のレンズが目指す正しい写り方や完成された美しさから一度離れて、光を媒介するメディアとしてのレンズやカメラを使った表現の可能性をより原始的な起点から捉え直す試みです。
今回は映像表現やメディアアートなど、写真表現とは少し違う背景を持つ5名のクリエイターが、TETTORの可能性を探索しました。
https://www.sunabako.jp/event/jk5c_64tuj/
新設計した TETTOR 60mm F1.4
以前にもTETTOR 105mm F4 というレンズを作っていますが、今回使っているのは新しく設計したTETTOR 60mm F1.4のことです。
簡単に説明すると、前は望遠寄りのレンズだったんですがもっと広い範囲が映るようになって使いやすくなったという違いがあります。
それともう一つ、105mm F4は固定の絞りでした。絞りは人間の目で言うところの虹彩で、絞りが変化すると明るさが変わったりぼけ方が変わったりするので、絞りが変えられるだけで自由度が1次元分増えます。
最初は実装が難しそうなので一度諦めていたんですが、ちょっと試してみることにしました。
ちょっと調べてみると驚いたことにAmazonで単体の絞りが売ってあります。とりあえず買ってみて実装できるかみてみましょう。ポチ
配送が2-3週間かかるので、その間なんとなく絞りについて調べていたらこんな動画に辿り着きました。
なんか作れそうですね。そのままCADに原理をコピペすることに。
絞りが作れたら、他の部分は前に作ったことがあるので地道に設計します。
せっかくなので改良したくて、フォーカスと絞りのリング(回転パーツ)を全部一回で出力してねじ止めや接着箇所を一気に減らしました。一発造形できるので製造が簡単になりましたが設計レベルでそれ以上に苦労してしまった気がします。
試作品と完成品の写真
フォーカスの機構はリアフォーカスに。聞きなれない人も多いと思いますが、インナーフォーカスみたいなことで、レンズの一部だけ動かしてフォーカシングするタイプの機構です。
こうするだけで絞りのポジションが固定できるし、なにより動かす部分が小さいので楽できました。AFレンズの場合はそういう部分がより重要になると思うので、各社インナーフォーカスにばかりになっている理由がちょっとわかるような気がします。
というわけで試写。
解放だと全体がふわふわ、絞ると中央ははっきり、周辺はちょっと溶けた感じで自然と中央に目がいくような写真になります。
105mmと比べて60mmは結構扱いやすい画角で、絞りだけでずいぶんいろんな撮り方ができて楽しいです。
写真展、一緒にやってくれませんか
特殊なレンズ、それも自作で最近の高性能なレンズとはかけ離れた思想で作られているものです。最初はこれが本当に遊びがいのある道具かどうかも分からなかったのですが、一部の人にレンタルなどをしてみると想像以上に反響があって、写真用のレンズとして選びうる道具だということをむしろ教えてもらえたような気分でした。
それならばもっと掘り下げてみたい、、けど自分一人では荒野を歩いていける気がしなかったので、数人に声をかけさせていただいてグループ展を企画することにしました。
正直かなりビビりました。すでに作られている他のレビュー動画と同じようにとても説得力のある映像ですが、TETTORの、いわゆる良いレンズとはかけ離れた性質を正面から使いながらもきちんと言語化していただいています。
映像表現について向き合ってきたからこそできる表現なのかもしれないと思いました。
途中で挿入されているCG(レンズが組み上がる映像)は麦さんが作ってくれました。
めちゃくちゃ気持ちいいです。モデルも、単に設計データのモデルを使ったものではなくプリントデータ(gcode)を使って実際の出力結果のディティールを再現していて、そんな凝ったものがスッと出てくるのってどういう仕組みなんでしょうか。
このツイートの映像も、にゅるっとして掴めない感じがとても好きです。
それぞれの写真
tettou771
広島に帰って撮影した、実家の近くの鉄塔です。
だけを色んな撮り方をして、TETTORで出せる幅の広さを使った作品です。
僕はもともとこの鉄塔に由来してtettou771という名前のアカウントを使用するようになったんですが、その割にあまり送電鉄塔の作品を作ったことがなかったので今回を機に写真作品として出させてもらいました。
橋本麦
大変なことになってますね!レンズにはんだごてが刺さっています。
真ん中のやつは何かキラキラしたものが混入してるし、右のはぐにゃぐにゃ曲がってます。
横に並んでいる写真はレンズに対してさまざまに介入しながら撮影した写真なんですが、介入したレンズの方が作品の本体ということで額装されているのはレンズの方です。
展示の制作にあたってDiscordで連絡を取り合っていたんですが、作ったものをどう使うかという観点をとっくに飛び越してしまっていてかなり驚きました。作るとことと壊すことの両面が混在していることで、それ自体についての言及のようでもあります。
本人も記事を書いてくれているので、ぜひ読んでみてください。
作品を見たらとんでもない蛮行のように感じる人もいるかもしれませんが(もしかしたらそうかもしれません)、撮り方を編み出すことの意味についてとてもよく言語化されています。
テットール、バベルの画像倉庫、Out of Context
木喬本 麦∿Baku Hashimoto
Takuma
左から、Atmosphere、Melting Photon 、E = mc²、Firefly、淡い間合い(9枚の作品)
TakumaさんはTETTORを最初に使いこなしてくれた人でもあり、写真を通してTETTORって表現として使える道具なんだということをむしろ教えてもらいました。
上手にあいまいさを使っていて、写真でもあるけど絵としてずっと見ていられるような印象もあります。
詳しくは図録が出るんですが、実は1枚1枚の撮影にかなり工夫があったりして(氷の写真は実は氷以外の透明素材が紛れている、、!)多く向き合ってこそ出てくる表現なのかもしれません。
ちなみに僕は解放付近はいまだに使いこなせないんですが、Takumaさんはそういう一番難しいところをうまみとして使っているので、やはりF値をできるだけケチらない設計にしておいてよかった、、と嬉しくなります(F1.5からF1.4にするだけでも意外に苦労があるんです)。
実は今回は展示で使っていませんが、Takumaさんは自分でもレンズやカメラ関連のガジェットを作っています。しかも売ってます!こういうことをずっと続けられるのってすごいと思います。
Twitter @takuma3_
Instagram @takuma3_
ひつじ
ひつじさんはシステムアーティストという肩書きで活動していて、エンジニアとしてはソフトからハードまでかなり広い領域で制作しています。
ちょうど第一子が生まれて忙しいタイミングでの制作だったようなんですが、育児をサポートするための治具「育治具」をテーマとした作品を出してくれました。
育児って大変ですよね。。僕も子供が小さいので共感するところですが、産まれてすぐの多忙な時期にこれだけ治具のラインナップがあるのは彼のエンジニア力、あるいは治具欲みたいなものを感じます。
もっとも、効率化のために使った労力が削減された量に見合わないかもしれませんが、それはさておき作ってしまうという部分にとても共感を覚えます。レンズだって売ってるものをわざわざ作ってるだけですからね。
実用性を持った道具を作ると効率が尺度になりがちなんですが、ちょっとそうじゃない視点で道具を捉えていることが作品から滲み出ているように感じます。
それと、写真と対になっている白いパネルは背系データをもとに作った図面です。図面自体が好きと話していたので、説明用の図ではなくてドローイングだと思って見ていました。
ひつじさんのサイトはこちらです。
tenari
島猛
「テトロスコープ」と読みます。
本当はこの作品が一番最初に目に入る位置にあったんですが、ちょっとおかしいのでちょっと最後に載せさせていただきました。
投影している映像はこちらです。
レンズを使って何か作りましょう!と言って皆さんに声をかけていたんですが、TETTORをレンズとして使った映写機をゼロベースで作るとは思わなかったです。このためにレーザーカッターを購入したとか。。
そもそもTETTORSCOPEを作ったひとつの理由は、レンズを使って撮影したものは当然センサーやディスプレイなどを媒介してその光を見るわけですが、それらを余計なものと考えてレンズを通った光を直接見られる形にしたかったからだそうです。
よく見ると構造はほぼMDF(木材の一種)でできていて、ネジらしい部品も見当たりません。これは、部品の中に金属素材が見えるのが嫌だったと話していましたが、コンセプトと同じく純粋さに対する美学を感じます。
毛色が違いすぎて気づいてない人がいるかもしれませんが、最初のレンズレビュー動画と同じ作者です。
Takeruさんのサイトはこちら。
Takeru Shima Official Web Site
やってよかった
企画当初は「僕が作ったレンズ縛りの写真展です」という以外何も決まってなくて乗ってもらっただけでもとても嬉しかったです。ですが、ここまで独創的で凝った作品ができて、現場で話していても制作を本当に楽しんでいる人たちなんだなぁ、、と、感無量でした。
展示自体の深みが与えられたのは各々の作品によるものなので、僕はTETTORそのものはおまけだと思っています。実は試作品やハードウェアの解説をたくさん並べたくなる気持ちをグッと抑えて写真展という形をとったのも、レンズの向こう側にあるものが主役だと思っているからです。
今後も続きます
展示期間中から早くも自分で設計し始めた人もいて、今後どんな世界になっていくのかは結構楽しみですね。
僕自身も他の焦点距離や変わったコンセプトのレンズを作っていくと思うので、時々報告すると思います。実は最近光造形の3Dプリンターを買ったので、、もしかしたらそれを活かした何かも作れるんじゃないか、とか考えています。
使い手の人も増えてくれるととても嬉しいです! どなたかの作品の魅力の一部になれたらそれこそ冥利に尽きます。
簡素ですがオンラインショップを開設したのでよろしければ見ていってください。
TETTOR Online Shop